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万開橋・和多都美神社・小茂田濱神社・厳原石屋根倉庫ー対馬2日目

対馬での2日目です。最初の観光地が「万開橋」。
万開橋と言っても知らない。



万開橋の位置
1.万開橋周辺230601対馬(58)
位置は対馬中央より少し南。時は1904年(明治37年)から1905年(明治38年)にかけて日露戦争がありました。遡ること3~4年。日本海軍は日露戦争になったらロシアのバルチック艦隊との戦いを想定。想定した場所は日本海。ロシアの艦隊はどこを通って日本海に入るか。対馬の西を通るか東を通るか。どちらを通っても対応できるように
対馬を横断できる船の道を密かに作った。


万開橋
1-2.万開橋周辺230601対馬(52)
橋はどこでも見られるような橋が架かっています。


万開橋の下
1-3.万開橋周辺230601対馬(55)
これが当時の日本海軍が対馬の東西を結ぶために作った船の道。さらに複雑なリアス式海岸を利用してあちこちに船を隠しておくことができた。これによって日本海軍は当時無敵と言われていたバルチック艦隊を撃破することに成功。そのことがロマノフ王朝が倒れ、ロシア革命へとつながっていった。世界の歴史のエポックとなった場所。


和多都都美神社
1-4.和多都都美神社30601対馬(69)
「わだつみの神」とは海の神様の名前。「きけ わだつみのこえ」という日本戦没学生の手記 を見聞きしたことがないですか。ここに言う「わだつみ」は海の神様のこと。全国にこの神様を祭った神社はあります。字は色々と使われています。対馬にもありました。満潮になると5つある鳥居は海の中に立つことになります。


和多都美神社
1-5.和多都都美神社30601対馬(70)
和多都美の神はここに宮殿を建てた。その宮殿跡への道。



和多都美神社:豊玉姫の墓
1-7.和多都都美神社豊玉姫のお墓30601対馬(78)
和多都美の神の奥さんの豊玉姫の墓。多分本土でのこの位の格式の神様の墓なら立派なものなのだろうが素朴ないかにもお墓という感じでした。


烏帽子岳頂上から
1-8.烏帽子岳230601対馬(70)
島のほぼ中央で標高175mの烏帽子岳山頂からの眺め。入り組んだリアス式海岸と島々が良く見えます。


小茂田濱神社
2.小茂田濱神社230601対馬(111)
またしても、時は文永11年(1274)10月5日、900艘の艦船に分乗した3万人の元・高麗連合軍が来襲しました。いわゆる元寇です。その時に戦った対馬藩の藩主たちの慰霊の神社です。


小茂田濱神社
2-2.小茂田濱神社230601対馬(105)
時の藩主は宗助国。軍勢わずか数百駒、対する元・高麗連合軍は3万駒。当然全員討ち死に。宗助国の像と討ち死にした戦士の慰霊塔



小茂田濱神社元寇700年記念碑
2-3.小茂田濱神社元寇700年記念碑230601対馬(106)



小茂田濱
2-5.小茂田濱230601対馬(108)
神社の横にある小茂田濱。ここに元・高麗連合軍が上陸した。



元寇の説明
2-6.小茂田濱神社:元寇の説明230601対馬(110)




厳原:石屋根倉庫群
3.厳原:@石屋根倉庫群230601対馬(112)
台風2号を心配した今回の旅行でこの時だけ雨に降られました。この日の最後は歴史遺産ではありません。この島は大きな岩盤からできています。その石を使った倉庫群です。屋根が大きな石の板でできています。この島の独特の建築物。


石屋根倉庫群
3-2.厳原:@石屋根倉庫群230601対馬(114)
天然石の板を屋根に使っている。もちろん身近な所で採れる石なので材料に困らない。また何せこの島の冬は玄界灘の強風が吹きすさぶのでその風対策にもなる。


石屋根倉庫群
3-2-2.厳原:@石屋根倉庫群230601対馬(123)
屋根全体が石でできていれば重たいだろうな。



石屋根倉庫群
3-3.厳原:@石屋根倉庫群230601対馬(119)
屋根の重さは約20トンとか。柱はこの島で採れるシイの木を使った太い柱。この石屋根倉庫群は「ブラタモリ」で見た記憶があります。


これ何だ?
3-4.厳原:@石屋根倉庫群;蜂蜜230601対馬(125)
この家並みの中の所々にありました。日本ミツバチの巣。この島ではハチミツづくりが盛んなのだそうです。下の穴の中に蜜蜂が巣を作ってハチミツを採る。ハチミツを使ったものが色々と売られていました。


石屋根倉庫群
3-5.厳原:@石屋根倉庫群230601対馬(16)
川で運んできた物資を入れる倉庫群。かつては倉庫の屋根は皆石だったのですが、最近は次第に瓦屋根に改装して石屋根は減ってきて寂しいと現地の案内の方が嘆いていた。

対馬の歴史でまだまだ触れないことが沢山あります。斉明天皇の時の白村江の戦い、
秀吉の朝鮮出兵、近代の朝鮮統治、戦後の朝鮮戦争、最近の韓国人の観光客の増加、コロナの影響・・・・・朝鮮半島と大陸と日本の狭間で知恵と工夫と外交力でき伸びてきた対馬の人々の生活を少しだけ覗いた旅行でした・


対馬の記事は終わります。
最後までお付き合い有難うございました。
次回は壱岐の島です。

尚、今回もコメント欄は閉じておきました。



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岐阜県各務原市の里山の自然を楽しみながら歩いています。
花や虫や野鳥などなんでも見てやろうの気持ちでいます。

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